8-2.life

date26. 06. 01 Mon
authorMJ
全くエモくない話なのだが、対極なので吐露する
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この写真は浅草寺の喫煙所の写真である。
浅草寺にはありがたく境内の中に喫煙所が用意されて(おそらく)24時間何時でも吸える。
夜中にはスカイツリーがキラキラと光っていたり、後ろを見れば浅草寺の建物が見れたり。
これは浅草に住む人の特権だと思って何か眠れないときにはここに来て煙草を吸う。一応エモい話の部分として書いておく。
話の本質はここではなく、
今日実家の山梨から東京に戻る時の話である。
帰りの特急あずさの発車まで10分ほどあったので、駅前にある喫煙所で一服しようと思ったのである。
しかしそこにはホームレスのオジサンがいて煙草の残り、所謂シケモクを漁っていた。
これは雰囲気が悪いなと思い喫煙所をスルーしてホームに向かうのだがスモーク越しに見えたシケモクオジサンの姿が妙に印象的で頭から離れない。
自分の心になぜかと問えば、結局孤独の行き着く先の1つの答えがそこにあるのかもと思ったのである。
もちろん自分はそのような人生を送るまいと反射的に思うのだが、どうだろう、今の自分も対して変わらない人生を送っているかもしれないと強く感じる。
少なくとも遠出をしたり、美術を観たり、何か高尚なことをしているかと自身に言い聞かせているが、結局は緩やかな延命をしているのではないか?
とはいえ脱出が結婚という短絡的な答えではないと悟ってもいる。
結局は愛するということの答えを見つけねばならない。これに尽きる。
と思いながら浅草寺まで足を運んで煙草を吸うわけである。
浅草寺には日を跨ぐかという時間でも人がいてくれる。
これが今の私にとって救いである。