Theme for Losers
西荻窪がクロヴァンくんに包まれている。クロヴァンくんというのは台風の名前である。台風には一つずつ名前があります。荒れ狂い、自らをもってして地に降り注ぎ、それが済むと消えてしまう大いなる存在。
これくらい雨が強くなってしまうと閉じこもらざるを得ないのだが、私は基本的に雨に濡れること、というか、ずぶ濡れになることが好きである。大人になるにつれその魅力について忘れていたが、近頃頻繁に自転車に乗るようになったことで、この悦びを再発見しつつある。
はい?ずぶ濡れになることの何がそんなに良いっちゅのん????
回答申し上げます。まず、屋内という概念がこの世界に生まれたその瞬間から、雨中にも関わらず野外にいる人間というのは、それだけで負けるという理になっておる。野外にいる人物がどれほど立派な志を抱いていようと、屋内にいる人は乾いた尻で椅子に座り、三毛猫の腹を撫でつつ、「やれやれ。雨がすごいね」などと言うことが可能である。いっぽう野外の人は、すごいね、と言われている雨そのものに打たれ、パンツまで濡れグジュグジュとめげ転げている。この勝敗は明白である。
特に、ずぶ濡れになりながら自転車を漕いでいるようなものは、明らかに何かをしくじっている。事前に天気予報を見る、傘を持つ、電車に乗る、そもそも出かけない、といった文明人としての基本動作をことごとく怠った者が、いまさら懸命にペダルを回している。ゼンマイ仕掛けの猿の玩具。
特に、ずぶ濡れになりながら自転車を漕いでいるようなものは、明らかに何かをしくじっている。事前に天気予報を見る、傘を持つ、電車に乗る、そもそも出かけない、といった文明人としての基本動作をことごとく怠った者が、いまさら懸命にペダルを回している。ゼンマイ仕掛けの猿の玩具。
これがよい。
つまり、ずぶ濡れになることで、人はどこでも圧倒的な敗北者になることができる。種々のあれやこれやから解放される。濡れた前髪を3本額に貼りつけた人間に、何かを期待することはできない。そこには、主義主張の一片すらも待望されることはない。もはや救うことのできぬゼンマイ猿が、きこきこきこと漕ぎ回っているだけだ。
つまり、ずぶ濡れになることで、人はどこでも圧倒的な敗北者になることができる。種々のあれやこれやから解放される。濡れた前髪を3本額に貼りつけた人間に、何かを期待することはできない。そこには、主義主張の一片すらも待望されることはない。もはや救うことのできぬゼンマイ猿が、きこきこきこと漕ぎ回っているだけだ。
これがよい。
ゼンマイと、ペダルが空転する世界ーー。私はゼンマイ猿になりながら、認識と身体が徐々に一致していく様を感じることができる。私たちの体中には、そういう種類の神経と筋肉が拵えてあるのだ。ゼンマイ猿頭筋。きこきこきこ。
ゼンマイと、ペダルが空転する世界ーー。私はゼンマイ猿になりながら、認識と身体が徐々に一致していく様を感じることができる。私たちの体中には、そういう種類の神経と筋肉が拵えてあるのだ。ゼンマイ猿頭筋。きこきこきこ。
明日からまた労働の予定です。